それは枝 石ころ 道の終わり
切り株の残り 少しの寂しさ
ガラスのかけら 命 太陽
夜 死 縄 鉤針
ペローバドカンポの樹 木の節
カインガーの樹 カンデイアの樹 マチータペレイラの樹
風のにそよぐ木 川岸の崖崩れ
奥底にある神秘 求めても求めなくても
吹いている風 坂の終わり
梁 空間 棟上祭り
降っている雨 小川のささやき
三月の雨の中 (夏の)疲れも終わる
足 地面 ぶらぶら歩き
手の中の小鳥 パチンコの石
空の鳥 地面の鳥
小川 泉 パンのひとかけら
井戸の底 道の終わり
ちょっと不機嫌 少しの寂しさ 棘 釘 先っぼ 点
滴り落ちる雫 会計 物語
魚 しぐさ 輝く銀
朝の光 届いたレンガ
薪 昼 森の道の終わり
ピンガのボトル 道端の破片
家の設計 ベッドの中の身体
故障した車 泥 泥
足跡 橋 ヒキガエル カエル
森の残り 朝の光の中
夏に終わりを告げる 三月の水
君の心に 生命の約束
ヘビ 棒っきれ ジョアン ジョゼ
手のひらの棘 足の切り傷
夏に終わりを告げる 三月の水
君の心に 生命の約束
それは枝 石ころ 道の終わり
切り株の残り 少しの寂しさ
足跡 橋 ヒキガエル カエル
美しい水平線 三日熱
夏に終わりを告げる 三月の水
君の心に 生命の約束
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この名曲に手を付けるのはちょっと勇気が要る。 でも好きな歌であるし、時は3月だから仕方がない。 私もよく歌っているが、動画にしていないので、
やはりここはオリジナル。 作者であるアントニオ・カルロス・ジョビンの動画を貼らせてもらいました。
これから書く、この曲の解説文は、100%私が考えたものじゃない。 大昔に誰かのレコードに、有名な音楽評論家の方が書いていたものだと思う。 本当に失礼な話だけれども、どなただったか思い出せない。 さらに、そこに私の個人の思い入れも混ざって、きっとだいぶそこからまた変わってると思う。でも、この曲を聴くたびに、その誰だか忘れてしまった方の解説を思い出す。 私のこの文章を読んだ誰かが、誰が書いていたか忘れてしまっても構わない。 この曲を聴くたびに、なんとなく「ふふ」っと笑顔になってくれたらうれしい。 三月の水は直訳で、最近は三月の雨と訳すことも多いと思う。 それは3月はブラジルでは夏の終わりに降る、ちょっとした雨期にあたる。 その頃に降る雨のことだからというのが理由だけれど。 降った雨は水たまりになったり。 葉っぱを輝かせて、葉先から滴ったり。 落ちたガラスの破片をキラキラさせたり、川へ流れ込んで大きな流れにもなったり。 いろんな姿の三月の水があると思うので、私は三月の水と思いたい。
この散文詩のような歌。なぜかとても日本的な感覚と感じます。
暑い夏に幕を閉じる3月の雨。 日本の梅雨のような雨ではなく、ザーッと降ってはパッと止み、お日様がしずくをキラキラ輝かせる。 雨がやんだ。ちょっと散歩に出かけようか。
長靴履いて、水たまりを飛び越して。 森の奥へと続くぬかるんだ道を歩いてみる。
枝。小石。空に鳥。歩いている地面の鳥。
誰かの釣りの道具?
橋の上から見える水平線
手のひらに、足に傷。
痛い。
私は生きている。生きていく。
生きているということは、こうやって、小さな日々の輝きを発見すること。
生きるってこうして一歩一歩歩くこと。
そして雲を見たり、太陽を見上げたり。
雨に濡れたり、光るしずくやガラスの欠片を見つけたり。
生きているって、こうしていろんなものを見つけながら歩いていくこと
心の中にある生命の約束とは、『生きている』ということなのでは?
風を感じたり、風邪を引いたり。
あなたは生きている
心臓の鼓動のような、このリズムで
わくわくしながら、どんどん森の奥へと歩いて行こう この歌の歌詞は長い1クールが、繰り返すたびに、どんどん短くなっていく それはまるで年を取り、1日が短く感じられるようになるみたいに だんだん記憶が意識が薄れていくかのように。 そして最後はこんこんと沸き上がった命の泉は、次第に勢いが小さくなり 最後にふっと消えて泉は枯れる。 最後の最後に1滴の美しい雫がポコッと湧いて終わる この曲は、生命そのもの
É pau, é pedra !
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